かるかん
deli-hell-me:

Twitter / @PatriotNwes: ある小学生が描いた「人権ポスター」。私は秀逸だと思っ …
ある小学生が描いた「人権ポスター」。私は秀逸だと思ったのですが、先生の評判はいたく悪かったようで、これ以降、この生徒は「バカ」とか「うるさい」と担任に罵倒される日が多くなりました。この生徒の人権は認められなかったようです。(@PatriotNwes)

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Twitter / @PatriotNwes: ある小学生が描いた「人権ポスター」。私は秀逸だと思っ …

ある小学生が描いた「人権ポスター」。私は秀逸だと思ったのですが、先生の評判はいたく悪かったようで、これ以降、この生徒は「バカ」とか「うるさい」と担任に罵倒される日が多くなりました。この生徒の人権は認められなかったようです。(@PatriotNwes)

そして、締め切りの日の授業。みんなは自信作を早く見せてくてニコニコしてた中、先生は言いました。
「はい。みんな課題持って来ましたか?では、机の上に出して、紙の人はそのまま破り捨てなさい。立体物の人は壊してゴミ箱へ捨てなさい。」
生徒全員しばらく唖然とした状態で沈黙。その後、泣き出す人、すごい剣幕で怒り出す人、教室から出ていっちゃう人、多くの生徒はそのショックをそれぞれに表現していました。学校では学期が終わると、生徒がそれぞれの先生の評価を付けて提出するシステムだったので、「お前なんか次のクオーターもうこの学校に居られないように評価に書いてやるからな!」って怒りをぶつける生徒もいました。まぁ、数カ月かけて作ってきたプロジェクトを、担当の先生が見ることもなく、自分で破り捨てろって言うのですからその反応は無理もないよ。と感じながらも、ただ一人の外国人のわたしは、怒る気力も無く、まぁ仕方ないなぁって感じで破って丸めて静かにしてました。

そして、怒っている生徒に向けて先生はこう言いました。
「私はこの学校は非常勤で、別にちゃんとデザインと写真のビジネスで生計立ててるから次のクオーターここで教えることができなくなっても一向にかまわない。ただ、みんなプロのデザイナーとしてこの先の人生食っていこうと思っているなら、こんなことは日々起こること。これでショックを受けてやる気をなくしているなら、クリエイティブな職種に向かないから違う道に進んだほうがいい。クライアントの中にはアイデアや作品を見ることもなく破り捨てる人もいる。わたしもそんなこと毎日のように経験してるぞ。」

tumblrに求めているのは別にお得な情報なわけじゃなくてなんらかのインスピレーション,っつうかグッッッときてハッッッッとくるものなんだよねえ。そするとやっぱり過去も現在も未来も全然関係ないよね。
The Whole World is peaceful.
2009-07-28 (via liquidstyle, ak47) (via hopper-bopper) (via girio) (via fileo) (via rarihoma) (via himmelkei) (via oyaki) (via magurohd) (via text-man) (via tiga) (via slowjam24) (via s-hsmt) (via text-man) (via numbdizzy) (via text-man) (via tiga)

成人式は、あれは、もはや新成人のために企画されているイベントではない。あれは、成人式関係者(晴れ着の販売や着付けを担当する業界、写真の業者、お役所の関係部署、政治家、イベントプロデューサー、講演芸人、白いショール製造業者などなど)の生活を防衛するために開催されるひとつのフェスティバルみたいなものなのだ。だから、当事者たる新成人は、成人式を喜んでいない。というよりも、式の有無にかかわりなく、われわれの国では、ずっと昔から、子供が大人になることは、少なくとも本人にとっては、あまり嬉しいことではない。
「人間、歳取ってくると牛肉よりは豚肉、そして鶏肉、やがて魚の方がよくなってくる。
それも道理の事で、本来自分が戦って倒せる動物じゃないと食えない様に出来ているのだ。
若く力のある時には牛と戦い勝って、その肉を切り取って食う事も出来るだろうが、歳を取ってくるとそうもいかなくなる。
その時には牛よりも小さい豚、その豚にも敵わなくなったら鶏、その鶏も捕まえる事が出来なくなったら、海岸に落ちている昆布だの貝だのを食うのだ」

本日テレビの「徹子の部屋」にゲストで出ていた中村メイコの旦那、神津善行が唱えている説だと言う。
「原発は止めろ、でも安定供給は崩すな、もちろん値上げなんてもってのほか」という要求をみて、「休日出勤は止めろ、でも納期は守れ、もちろん残業なんてもってのほか」を思い出した。

ある老人が、隣の空き地で、放課後に子供たちが毎日野球をするので、騒がしくて困っていました。

そこで老人は実に巧妙な計画を思いつきました。ある日、子供たちにこう言いました。

「君たちの野球を見るのがとても楽しくていつも家からみているんだよ、これからここで毎日野球をやってくれたら、100円あげよう」

遊びにきたのにお金がもらえるということで、子供たちはびっくりしましたが、その後一週間、老人は毎日100円をあげました。翌週老人は、

「すまんがお金に余裕がなくなってきてね。これからは毎日50円にするけど、それでいいかね」

といいました。子供たちの一部はしぶしぶでしたが、また翌週も毎日、野球をしにきて50円をもらって帰りました。翌週、老人は

「すまんが、今日からは10円にさせてもらうよ。お金がなくなってきたんだ」

といいました。もともとそこで遊ぶのが目的だった子供たちは、まあしょうがないかと思いその後も野球をしにきました。数日後、老人は

「悪いが、今日からもうお金はないよ、ついにあげるお金がなくなってしまったんだ」

と告げました。すると、子供たちは、怒って文句を言い出しました。

「冗談じゃないよ、ぼくたちがタダで遊んでやるとおもっているの?もうきてやらないよ」。

それ以降、子供たちは二度と隣で野球をしなくなりました。

老人は1000円ちょっとで、騒々しい子供たちを追い出すことができたわけです。

内的モチベーションと外的モチベーションについてのある調査結果 (via jsato)

2011-01-19

(via rosarosa-over100notes)

何かの暗喩なんだが

(via tamejirou)

小学生の頃の授業参観が
「福祉社会について書いた作文を読む」
(もっと簡単な言い方だったと思うが、趣旨は同じ)という内容だった。

担任は「障害のある人には優しくしよう」みたいな作文を期待してたんだと思うが、
私達はクラスメイト全員で事前に示し合わせて

「クラスのAちゃんは、先生にひいきされるのを嫌がっています。
先生は『障害のある人には優しくしろ』と言うけど、先生はAちゃんが嫌な事をしていいんでしょうか」
「Aちゃんは本が好きで休み時間も本を読みたいのに、
一人で本を読んでいると、仲間外れだと思われて
僕達が先生に怒られるので、学校で本が読めなくて困るそうです」
こんな感じの作文を書いて、途中で担任がヒス起こしても保護者がざわついても勝手に次々と読み上げた。
最終的にAちゃん本人が
「私は耳が不自由だけど、友達も沢山いて学校も楽しいので全然困りません。
それなのに、先生が私だけ特別扱いしてきます。
先生がいると、私は普通じゃないんだと思ってしまって悲しいです」
と読み上げたあたりで、担任が泣きながら教室から逃亡して授業が中断した。

Aちゃんは学期途中で親の仕事の都合で転入してきた子で、先天性の軽い難聴。
補聴器を付ければ支障は無いし、少し内気だけど頭が良くていい子なので誰も仲間外れになんかしてなかったのだが、
「障害者に優しい自分が大好き」な思想の担任が間違った方向に一人で突っ走っており、
小学生ながらに気持ち悪かったし、Aちゃんも皆もわりと本気で迷惑していた。
直談判しても、一方的に私達が悪者扱いされて一蹴された為の計画だった。

担任は辞めたのか知らんが、それ以降学校に来なかった。
AちゃんとAちゃん親には、校長から謝罪があったらしい。
Aちゃん親は後に学校に来て
「あなた達みたいな子達がAの友達で嬉しい」
と私達を褒めてくれ、気恥ずかしさで皆ニヤニヤしてた。
まだ「逆差別」って言葉が無かった頃の、クラス全員の武勇伝。